ももんじ通信

ライフログ的なにか

ただ、黙って微笑んでるだけ

先日の電車の中での出来事。

 

どうしても泣き止まない1歳くらいの男の子と、そのお父さんが私の近くに立っていた。

蒸し暑い日で、車内の冷房が効いているのかいないのか、よくわからないほどに空気がこもっていた。休日の朝だからか通勤のピリピリした雰囲気はないものの、それでも乗客のほとんどがムスッとした顔で座っていた。

お父さんは男の子を抱きかかえて、ドアと座席の角になった部分に立っていて、どうやらお父さんは、外の景色を見せて男の子を泣き止ませようとしているようだった。

男の子はずっと泣いているわけではなくて、甲高い声で断続的にワーとかキャーとか大きな声を上げるので、その度に近くの乗客の視線を集め、お父さんは申し訳なさそうにそれぞれに視線を送るのだった。

そんな中に、とても明るい声が響いた。

「あっついわよねえ〜嫌よねえ〜」泣いている男の子の近くに座っていたおばさんがそう言って、持っていた扇子をそのお父さんに差し出したのだった。つられたように、近くに座ってた女性もカバンから飴を取り出すと、男の子にあげて機嫌をとる。

それまで絶えず大きな声をあげて泣いていた男の子は、笑顔こそ無いもののキョトンと二人の顔を見ると泣くのをやめた。

お父さんがおばさんから受け取った扇子であおぐ風に不快感が吹き飛んだのか、声を上げるのをやめて心地好さそうに目を細める。

車内にはなんだか和やかな雰囲気が流れて、空気がガラッと変わったのを私は感じた。

そんな一部始終を、私はその横でずっと見ていた。ただの横ではない。真正面だ。

ただ、見ているだけだった。オロオロしているお父さんも、女性が男の子をあやす様子も、男の子がふたりの女性の顔を比べるように見る様子も、間近でただ、見ているだけだった。

男の子が泣いていることに不快感がないよ、と示していることになるんじゃないかと思って、多少曖昧に笑っていた。見ようによってはニヤニヤしているようにも見えたかもしれない。

ただ、見ていた。これから同じ場面に出くわしても、私はただニヤニヤしながら見ているだけかもしれない。

それ以上に私に出来ることはない。扇子も、飴も、私は持っていないのだから。

それが正しいことなのか、正しい振る舞いだったのか、私にはいまだに結局わからないでいる。

 

こんにちはあかちゃん〈1〉

こんにちはあかちゃん〈1〉