ももんじ通信

ライフログ的なにか

世界が壊れていく。あるいは円環か(『悲しみのイレーヌ』を読んで)

ここ数週間、悍ましいミステリが読みたいと思っていた。本棚をくっていて、年末に買ったままになっていた『悲しみのイレーヌ』を見つけた。まさに、気分にピッタリの作者だという確信を胸に、ようやく読み始めたのが経緯だ。記憶によれば、一緒に『傷だらけのカミーユ』も購入したようだが、こちらは本棚で見当たらない。

ピエール・ルメートルの作品を初めて読んだのは『その女アレックス』だった。

 

その女アレックス (文春文庫)

その女アレックス (文春文庫)

 

 絶体絶命の状況に置かれた女の描写から始まる本作は、読み進めるごとにその女、アレックスの正体が明かされていく仕組みが面白く、離陸したラインからは想像もつかない方向へストーリーが着地していくのが印象的だった。そして何より、作品全体を覆うガソリンと体液が混ざり合ったような生臭いにおいに夢中になった。

そんな記憶を頼りに私は『悲しみのイレーヌ』を読み始めた。全体は相変わらず薄暗くて見通せないし、独特のにおいが漂っている。

「イレーヌ」は主人公である「カミーユ・ヴェルーヴェン警部」の最愛の妻であり、身重の体である。難事件に苦しめられるカミーユは次第に忙殺されイレーヌとすれ違っていく。

時代がかった残虐極まるミステリ小説を模倣した手口の連続殺人事件はとどまることを知らず、やがて犯人はカミーユの生活に暗い影を落とす………。

解説の杉江松恋さんはこの作品を「脳がざわざわする」ような作品だと、形容した。私もそれに近いクラクラした感覚を味わうことになった。ちょうどSF小説で主人公がタイムトリップすると同時に感じるような体の内側がひっくり返るような強い倦怠感。

クイズを出題するようにヒントがずらりと並べられ、あっちをはめて、崩してまたはめて………と論理を前面に押し出した日本式の本格ミステリばかりを読んでいた頭を鈍器で殴られたようだった。

まさしく「世界が壊れていく」作品であり、作品内で世界が完結する、曼荼羅のような犯罪小説。未読の作品があと2作あることに喜びを感じるが、今はまだこの熱い胎内で眠っていたい気さえしてしまう。

悲しみのイレーヌ (文春文庫 ル 6-3)

悲しみのイレーヌ (文春文庫 ル 6-3)